密度の高さがコロナウイルスで起きている困難の共通の原因

密度の高さがコロナウイルスで起きている困難の共通の原因であると思った。

大都市→人口密度の高さ
病院→コロナウイルス患者の密度の高さ
介護施設→基礎疾患がある人の密度の高さ

密度を高めるのは効率がよくなるからだろう。

ごみをごみ捨て場に集めるのと同じことだ。
だから、それは全面的に否定されることではない。
しかし、ある程度は分散を進めるべきではないか。
家の近所で働く、在宅医療、在宅介護などを行うべきだろう。
もちろん、効率が悪いので簡単ではない。

コロナウイルスで動物園が苦しんでいるそうだ。

お客さんに来てもらえないからだ。

動物園というのは動物の密度が高い場所だ。
だから、効率よく動物を見ることができる。
素晴らしいサービスだ。

美術館や博物館も同じだ。
音楽のコンサートホールも同じだ。
これらのものは、内と外が分かれている。
これらのものに、何か違和感を感じる。

いろいろなものについて、内と外を分けすぎているような気がする。

病院に患者を集める。
介護施設に介護が必要な人を集める。
動物園に動物を集める。
運動をする人はスポーツジムで行う。
犯罪者を刑務所に集める。
遺体は火葬場で処理する。

もう少し、日常の中に雑多なものを戻すべきではないか。

動物を見たければ、まずは身近な動物を探すべきではないか。
ときには、遠くへ行って動物に出会うこともいいだろう。

運動をする場所はいろいろあるだろう。
そもそも日常生活が運動になるようにすればいいのではないか。
自動車の使用を減らしたり、時々洗濯機を使わずに洗濯してみたり。

ここは動物を見る場所、今は運動をする時間
病気の人は入院する、犯罪者は刑務所に入るなどと、
物事を分けすぎているような気がする。